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2011.05.02

模型のような風景(02):倉吉機関支区その2

F2m00508_800sF2m00513_800sさて、倉吉駅の写真を5枚ほど追加しておきます。給水塔の別アングル全景です。タンクへの配管は2本とも外側を通っています。このへんが北海道などの寒冷地との差でしょうか?残念ながらスポートはちょうどC11の陰になっています。給炭台に併設されていたの近くで撮ったものが無いので、小さく写っているものをトリミングしてご紹介します。

F2m01217_s倉吉線線用ホームの全景です。雨にけむる夕方なのでちょっと不鮮明です。機回し線がそのまま機関庫に突っ込んでいるのですが、それは写っていません。ホーム上屋が「本線用」と「支線用」で途切れているのがおもしろいです。ホームが雨で光っているので、良く分かります。

F2m01024_800s_3

機関支区の詰め所かどうか分かりませんが、隣接して有った建物です。比較的近代的な作りですが「昭和40年代の作風」って感じでしょうか?このあたりも詳しい方のご教示が欲しいところです。百葉箱、雨量計、建物の屋上には風向計が見えます。きっと風速計も有るのでしょうね。

F2m00521_800s_2

最後は、駅の全景です。左端は、機関庫の裏側です。画面右手には、保線区の上屋(近代的なスレート)も見えます。TMS526に発表された技工所と見られる建物は、画面中央に小さく写っています。知っていたらアップを撮っていたのですが・・・ 同号のp32に宗宮和男氏の写真が有りますので、お持ちの方は参照下さい。

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コメント

こんばんは。
表に見える2本はタンク下部から配管されていますので、ともにスポートへの送水管(たぶん山陰本線側のどこかにも、それぞれスポートがあったのでは?)で、真裏に見える1本(前スレの2枚目。同じく藁巻き:笑)がタンクの上部に配管されていますので、給水タンクへの給水管ですよね。
我家には昔、井戸水を風呂へ入れるドラム缶利用の給水タンクがありました(笑)。もしかすると、それと同じで、道内ほどの冷え込みは無いので、外部取り付けなら単に修理がし易いし、製作もタンク本体と配管と別々でできるからではないか?と想像します。

投稿: みのる | 2011.05.03 02:04

みのるさん
考察有り難うございます。
確かに、倉吉線用にしては、大きく高い水槽なので、本線スポート用も兼ねていたのでしょうね。言われるまで気づきませんでした。

なお、「近代的な」二階建ての詰め所は「倉吉保線支区」の看板が読み取れる写真が出てきました。TMSで紹介された技工所も保線区のものなのでしょうか?

投稿: 管理人 | 2011.05.06 01:02

こんばんは。
近代的な建物は保線支区の管理棟?だったのですね。勝手なイメージとして「蒸機時代は木造の建物」と思い込んでいました(^^;。
さて、TMS526号を改めて読んでみたところ、技工所とは?として転轍機や信号機の修理をする場所と書いてありましたので“保線”に入りそうな気もしますけど、国鉄の組織を知らないので・・・(汗)。たぶん、支区ですから、それに関連する施設が構内に有っても不思議ではないですよねsweat01

投稿: みのる | 2011.05.07 00:34

みのるさん
考察有り難うございます。
技工所をあらためて「シーナリーガイド」p15の写真10の説明を見直しました。こちらも「転轍機や信号機の修理をする場所」とされています(こっちが出典でしょうね)。また設置場所が、機関区から遠い名古屋方に有りますので、国鉄の駅に有る鍛冶場は「保線区」の施設なのですね。地方私鉄では、保線区と機関区の鍛冶場が同居していると思いますので、勘違いしていました。

蒸機時代でも、末期はこのような「近代的」詰め所と蒸機の取り合わせは少なく無かったと思われます。時代考証をする上で、案外ポイントになるのかもしれません。

計画中のレイアウトも、危うくレンガ庫やレンガ橋脚を建てそうになりましたが、どうも変・・・ と、知人に相談したところ「昭和10年以降の路線なら、コンクリートでしょう」とのアドバイス。改めて確認すると、レンガは明治期の建設がほとんどのようです。時代考証は奥が深そうです。架空鉄道の建設は、歴史小説を創作するような楽しみなのかも知れません。

投稿: 管理人 | 2011.05.07 01:51

こんばんは。
『シーナリィーガイド』も拝見しました。中小私鉄ですと、ここまでハッキリと分かれていませんが、国鉄の場合は規模が大きいので、やはり管理に必要な設備をそれぞれの担当で所有しているのでしょうね(^^;。

>レンガ積み
昭和初めに「新規開業」の場合はコンクリートでしょうが、例えば明治期から続いている古い路線ならば、レンガの構築物は補修されながら残っている場合がありますので、全く似合わないとも言い切れません(^^;。その辺も設定次第でしょうね(笑)。レンガ積み・石積みも含めてOKと思います。橋脚もトンネルポータルも、自作するのはコンクリートが楽ですが・・・dash
因みに、今のところ私が知り得た道内の特徴は、「カラートタンは昭和40年代以降」と言う事だけですsweat02

投稿: みのる | 2011.05.08 01:23

みのるさん
またまた、考察有り難うございます。

当方の路線は、昭和16年頃を想定していますので、コンクリート+木造というのがしっくり来るところです。

屋根材も悩ましいところです。カラートタンは我々にはなじみの風景なのですが、これまた、戦前建築の建物がいつ頃から、カラートタンに葺き替えされたのか?
昭和30年代を目指しているので、カラートタンには違和感を感じていたところえです。日曹の写真も、カラートタンでは無いようです。

投稿: 管理人 | 2011.05.08 21:50

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